灰とヒッコリーのバット

発達障害と精神疾患に悩まされている二十代終わりの男の生活

政治的メッセージ性のある芸術作品に対して。

障害者だと美術館が半額になるんですよ。

県、市の美術館はね。

それでも高いと感じてしまいますがね。

百貨店とかは無料とかありますからいいですね。

まぁ、県、市は財政がきついのでしょう。

 

そして毎回思うことなのですが、言語化可能なメッセージ性の強い作品って、あまり魅力的ではないことが多いですね。

ぶっちゃけ、「なんだこれ?」or「具体的すぎるだろ」の二つであることが多いです。

まぁ、素晴らしい作品もたくさんありますが。

あまりにメッセージ性が高くて言語化可能なら、それを芸術作品に落とし込む意味が分からない。

それでも魅力的に感じるなら良いですが、結局、「言葉でいいじゃん」って、なってしまう。だから飽きてしまう。

言葉では簡単に還元できない、何か強い魅力のあるもの。

そういった作品が時代を超えて、長く多くの人々に評価されるのだと思います。

わからないけれど魅力的。

具体的なメッセージがないからこそ、様々な価値観の人々を魅了することができる。

だって、あるテーマやメッセージがあったとしても、時代や人によってそれらに興味があるかどうかはわからないわけですから。

はやりすたりもありますし。

例えば

日本で反戦、反原爆を主張した作品を出されても、正直もう、うんざりです。何故なら、そられは実際の原爆の威力の写真や原爆の被害者の映像には勝てませんし、積極的に戦争にしたい人や核兵器を積極的に持ちたい人なんていないでしょうよ。

言葉で、記録映像の方が強い。

まぁ、専門家じゃないんで偏屈した考え方だろうとは思いますが。